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2006年6月27日(火) 縄文期に人骨 「古きをたずねて」・・1.尾道遺跡発掘調査研究所 出土品は数万点草戸千軒に匹敵 中世、中国と交易し青磁や白磁 |
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| 先人が築いた歴史や文化、暮らしぶりを伝える 民俗考古資料博物館は新尾道市に7施設ある。現 在から過去を見つめ、未来を創造する貴重な文化 財の存在は意外と知られてない。「古きをたずね、 新しきを知る」。8回連載で新尾道市の各町の歴 史を探訪する。 (文責・半田元成) 初回は元筒湯小学校跡地にある「尾道遺跡発掘 調査研究所」。福山の草戸千軒に匹敵する数万点 の出土品があり、平安時代末期の後白河院領大田 庄(現世羅町)の倉敷地として公認されて以来、 瀬戸内を代表する港町として栄えてきたことが窺 える。 昭和50年から東御所町から尾崎本町で遺跡にさ れている37万平方政の範囲から出土した数万点の 中から、極一部の570点を展示している。中世 から現代まで途切れることなく人々が生活してい ることから生活の痕跡は次の時代の人達により壊 され、見つかっている土器は破損している物が多 く、わずかな破片から推定し復元している。 港町であるため交易品が多く中国の南宋・元・ 明王朝時代に窯で焼かれ作られた硬質で美しく貴 族や武士に愛用された青磁、白みがかった白磁の 碗や皿が多数ある。鎌倉・室町時代に大量に輸入 されている。 皿、鍋、釜など土師質土器は窯で焼いてない軟 質の土器で中世では一般的なもので壊れたらすぐ 捨てられていた。室町時代の土師質土器の大小の 碗と汁皿=写真上=は当時の食卓を知ることがで きる。 水や酒、穀物など貯蔵用の備前焼大甕=写真下 =、近畿地方で作られていた黒く燻し丈夫な瓦器 の火鉢や香炉も多数出土している。 尾道遺跡のほか古代の貴重な出土品もあり、縄 文時代前期から後期の高須町大田貝塚からは鹿や 猪など動物の顎や牙、食料をつぶす調理器具の高 支石のほか貝塚の下からは人骨が出土して話題に なった。人骨は発掘した京大に保存してある。 原田町長者ケ原で弥生時代の農耕狩猟に使って いた石斧や石包丁、矢じりが出た。弥生時代から 古墳時代にかけて浦崎町満越の製塩遺跡では海水 を沸騰させ塩を作りだしていた下がすぽまった土 器片が見つかっている。 古墳時代後期の美ノ郷町大想田山古墳からは死 者を葬る副葬品が出ている。窯で作られた硬質土 器の須恵器や太刀=写真中=、鏃の鉄製品の武器 とともに銅製の耳飾り、ガラスやメノウ製の玉類 と装飾品が埋められていた。須恵器は埋葬の時に 供え物を入れるものとして使われていた。 古代から近世にかけての出土品から、その時々 の生活や産業、慣習が見てとれる。 [尾道遺跡発掘調査研究所] 。束久保町20番14 号。開館は毎週月〜金曜日で時間は午前9時15分 から午後4時。入館料は無料。電話は0848・ 37・8766。 |
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